神谷養勇軒『新著聞集』第七「犬虎ともに噬ふ」より

虎 vs.犬

 豊臣秀吉は、大阪城に虎を飼っていた。
 近国の村里の犬を虎の生餌にしていたが、あるとき、摂津の丹生山田から、白黒ぶちの犬で、顔がいかつく眼が大きく、足の太い逞しいのが曳かれてきた。見るからにただの犬とは思われない。
 犬は、虎の檻に入れられるとすぐ一隅に陣取り、毛を逆立てて虎を睨みつけた。
 いつもなら虎は、犬を見ると尾を振り、躍り上がって喜ぶのに、この犬に対しては、眼をらんらんと輝かせて尾を立てたまま、容易に飛びかかろうとはしなかった。激しく威嚇して唸るさまは、恐ろしいなどというものではない。
「おお、見ろ見ろ。すごいぞ!」
と人々が駆け集まり、息をつめて見守っていると、さすがに虎は猛獣で、ついに犬に襲いかかったが、犬も同時に跳躍して、あやまたず虎の喉に咬みついた。
 虎は左右の爪で犬をズタズタに引き裂いた。けれども犬は咬みついて離れず、結局、両者とも死んだ。

 この話を聞いた秀吉は、その犬を連れてきたいきさつを尋ねた。調べてみると、こういうことだった。
 犬は、丹生山田に住む夫婦の猟師が飼っていた。毎朝、十分に餌を与えたあと、
「さあ行け。早く帰ってこいよ」
と言って出してやると、尾を振って山へ走っていく。
 飼い主は犬が帰るころを見はからって、鉄砲を提げて出かける。犬が猪や鹿を近くまで追ってきているので、それを撃つのである。
 村の庄屋がうらやましがって、犬を譲ってくれとしきりに頼んだが、夫婦は、
「われわれを養ってくれている犬なので、なんとおっしゃろうと、譲ることはできません」
と断っていた。
 庄屋はそれを深く恨んだのだろう。『代わりの犬を出しますから』と夫婦がしきりに願い出たのに、
「そんなことはまかりならん」
と言って、その犬を虎の生餌に渡したのであった。
 夫婦は犬に向かって涙を流し、
「おまえはいかなる因縁によってか、今日までわしら夫婦を養ってくれた。だが、このたび庄屋のたくらみで、虎の餌にしてしまわねばならない。どうか恨まないでくれ。口惜しいけれど力及ばす、どうしようもないのだ。こうなったうえは、おまえ、ただでは死ぬな。敵を斃して共に死ね」
 犬は、これを聞き分けたのだろうか、悄然として曳かれていったという。

 このことすべてが報告されると、さすがに秀吉も哀れに思った。
 それで庄屋は、心根がけしからんと刑罰を下され、また、犬の跡を弔うようにと、庄屋の資産すべてが夫婦に与えられたのであった。
あやしい古典文学 No.277