『梅翁随筆』巻之二「切捨切損ぜし事」より

斬り捨て失敗

 本所のある家の主人が、隣の中間(ちゅうげん)に飼犬を殺されたのを怒って、中間の身柄を貰い受けたいと申し入れた。隣家はいろいろ謝罪したが、その主人は承知しなかった。
 ことの次第を中間が聞いて、
「私を貰いたいというなら、参りましょう」
と願い出た。
 かの主人は強硬に、貰いたいと再三要求してくる。中間はしきりに、参りましょうと言う。隣家は取り扱いに困って、とうとう中間を遣ってしまった。

 主人は、中間が来ると、さっそく成敗しようと庭に呼び入れた。
 中間は、主人が縁から庭に下りようとする一瞬の隙をついた。飛鳥のごとく飛びかかり、刀を奪って腹を突き刺すと、そのまま足にまかせて逃げ去った。
 傍に控えていた家来たちは、まず主人を助け起こして介抱したが、深手のためにほどなく絶命した。

 事件を知らされて親類一統が集まり、内々に取りはからって跡目相続を願い出る相談をした。
 そのさなか、中間の身を案じた隣家からたびたび、そちらに遣わした者はどうなったのか知らせてほしいと催促があり、一同大いに困惑したらしい。
あやしい古典文学 No.280