滝沢馬琴編『兎園小説』第八集「婦女産石像」より

婦女産石像

 信州佐久郡北沢村の名主、惣兵衛が申し上げます。

 当村の鎮守、胸形(むなかた)大明神の御神体は、およそ九メートル四方の自然石でございます。
 いにしえより霊夢をもって郷村に凶難を告げ知らせ、また疫病流行の際に幣帛を捧げればこれを除く霊験があって、隣村までもあげて鎮守として尊崇しております。
 さて、私の妻のみちと申す者は以前より子のないのを嘆いておりましたが、ひそかに二十一日間、大明神に毎夜参籠して子授けの祈願をいたしました。内密に行ったことで、妊娠の兆しがあって初めて私に打ち明けたのでございます。
 驚いて医者に診せますと、まったく懐妊に相違ないと申します。そこで大切に身を養って、十か月に及びましたがいまだ出産せず、十二か月になる五月十一日に安産いたしました。
 親類一同喜んで児を見ましたところ、生まれたのは五体揃った「石像」でありました。身の丈三十八センチメートルほど、顔面は青みがかって目鼻がはっきり分かり、手足腹背とも薄赤い石像でございます。
 なんとも恐ろしく、このまま捨て置くことが出来ませんので訴え申し上げます。なにとぞお慈悲をもって御検使なされたくお願い奉ります。

 文化九年五月十三日
信州佐久郡北沢村 名主 惣兵衛
年寄 与次右衛門
 杉庄兵衛様御役所
あやしい古典文学 No.281