根岸鎮衛『耳袋』巻の九「不思議の尼懺悔物語りの事」 より

手首

 親友の知人が大和を旅して、そこで聞いた話という。
 その人が、にわか雨にあって茶屋で休んでいたところ、日も暮れたので、頼みこんで茶屋に泊めてもらった。
 茶屋の主人とあれこれ話すうち、主人は、
「この夏、不思議なことがございました」
と、次のような話を物語った。

 年のころ十九歳くらいの、とびきり美人の尼が来て、さる名高い寺までの道のりを尋ねた。
「この先七、八里もありますよ。どうしてあの寺に行きなさるのかね」
と聞くと、
「私は幼くして両親に死に別れ、村の裕福な人に仕えて成長したのですが、わけあって尼となり、今日じゅうに、かの寺の師のもとへ参るつもりだったのです。女の足ゆえ、ここまで来て日が暮れかかってしまいました。夜通し歩いて行くこともできましょうが、もし今夜ここに泊めてもらえるなら、ありがたく存じます。明日こそ、日の高いうちに行き着けましょう」
 そう話す様子は、嘘とは見えない。何事か哀れに感じさせるところがあって、一晩泊めようと思ったが、まずは詳しく事情を聞いてから、と思い直した。
「それにしても、年若いあなたが、なにゆえ尼になられた。その美しさを見るに、何か深いわけがありそうだ。ありのままに話してくださらんか。そのうえで、お泊めしましょう」
 尼は、
「それでは、わが身の上を懺悔いたしましょう。ご家族を集めてお聞きください」
と言ったので、妻子を呼び集め、尼の不思議な物語を聞くことになった。

 尼は生まれてすぐ、両親が相次いでみまかったため、可哀想に思った同じ村の富農にひきとられた。
 十五、六歳のとき、主人が思いをかけてきて、密通するようになった。
 同じころ、主人の妻が病みついて、日ごとに病状が重くなっていった。孤児の自分を養い育ててくれた人であるから、心をこめて看病したが、明日の命もままならないほどに重篤になった。
 その妻が、夫に言うことには、
「わたしはもう長くはありません。わたしの亡き後、妻をお迎えになるなら、幼いころから養育したあの娘を後妻になさいませ」
 また、彼女に対しても、
「あの人には、おまえを後妻に迎えるように言っておいた。わたしが死んだら、この家のことをお願いしますよ」
と頼むので、
「なんということを……。よくよく養生なさって、きっと治っていただかなければ」
と応えて、いっそう真心を尽くして看病を続けた。
 ある日の夕暮れ、主人の妻が、
「今日はことのほか気分が良い。涼みがてら、観音様にお参りしたくなったから、連れて行っておくれ」
と言う。
 主人は所用で出かけていた。
 断ればかえって病気にさわるのでは、と思って、病人の手を引いて出かけたけれども、そのうち歩くのが辛くなった様子なので、背におぶって行った。
 道半ばにして急に、今にも死んでしまいそうに苦しみだしたので、『どうしよう』と振り返って見ると、病人の顔色は一変して、魔物のような形相である。あっ!と叫んでその場に気絶してしまった。
 一方、主人が家に帰って聞くに、妻は観音参りに出かけたという。とてもそんなことのできる容態ではないのに、と驚いて、下男や近隣の村人とともにあとを追って行くと、道端で、妻を負った娘が気を失って倒れており、妻は負われたまま死んでいた。
 水をそそぐなどして介抱すると、娘は息を吹きかえしたが、ともあれ、そのまま二人とも連れ帰った。
 主人の妻は手を娘の肩から胸にかけ、しっかりと取りついていて、その両手がどうしても離れない。手段を尽くしたがだめだったので、やむをえず手首から切り離して、死骸を手厚く葬った。

「私の肩に取りついた手は、今もそのままなのです。私は仏に救いを求めて、尼になりました。年若い尼の一人旅では、男どもが目をつけて理不尽なこともあるのではないか、とお思いかもしれませんが、若い男が言い寄ってきたとて、この手を見せれば、怖れて逃げてしまいます。さあ、ご覧なさい」
 尼は肌脱ぎになって、その手首を見せたので、家族一同、顔を見合わせて怖れたということだ。
あやしい古典文学 No.284