>只野真葛『奥州ばなし』「熊とり猿にとられしこと」より

猿の穴

 二人組の熊猟師がいた。
 熊を獲ろうと山を行くと、大木の根本に穴があって、木には爪で引っ掻いた跡がいちめんについていた。
 一人が、
「いるぞ。これを獲ろう」
と言ったが、もう一人は、
「よせ。そいつは熊じゃない。まちがいなく猿だよ」
と取り合わず、ひとまず帰ることになった。
 しかし、はじめに獲ろうと言った猟師は、どうしても気になって、
「わし一人で獲ることにする」
と引き返した。

 猟師はその夜、帰ってこなかった。
 もう一人の猟師は、これはきっと猿にやられたのだと思って、ほかに二人を伴って、前日の大木のところに出かけた。
 まず穴の口を塞ぎ、熊獲りの仕掛けにしてから、中の獣を長柄の槍で突き殺した。
 穴の中に入ってみると、引き返した猟師はやはり猿に殺されたとみえて、身につけていた横ざしと帯があった。ほかに何も残っていなかった。みな猿が食い尽くしたのであった。
 その猿は、身の丈が二メートル半を超えたということだ。

 すべて猿というものは大食である。しかし、食物がなければ何日でも食わずにいるらしい。山に棲む獣は里のものとは異なり、それで不思議はないのだが、ついでに記しておく。
あやしい古典文学 No.286