森田盛昌『咄随筆』下「鼠の大勢」より

鼠どっと混む

 天和二年、江戸本郷辺りの火事で、加賀藩屋敷も焼失した。
 翌年の御普請仰せつけによって、加賀・越中・能登三か国の木挽き・大工らが、江戸に詰めることになった。折違町(すじかいまち)の十右衛門という大工もそのうちの一人で、春から冬の初めまで、江戸のさる町屋に宿をとっていた。

 その十右衛門が、夏の夜に蚊帳もつらず、台所の茶など煎じる場所に寝ていたところ、鼠が一匹出てきて布団の上を這い歩くので、ひょいと手で捕らえ、頭をつまみ潰して殺した。
 しばらくして、また鼠が一匹出て辺りを見回していたが、さらに二匹、三匹と現れ、十右衛門の体を飛びこえ跳ねこえするうちに、二十匹、三十匹と増えていった。
 初めのころこそ、とってはつかみ殺し、とっては抛り投げしていたけれども、後には幾百匹となく鼠が出てきて、あるいは懐に入り込み、あるいは縦横に跳び、噛みついたりと、十右衛門は手も足も置き所がない有様となった。
 宿の亭主が見かねて、自分の蚊帳に入れてくれたが、周りには数知れぬ鼠が集まって、我がちに蚊帳に飛びついてくる。長押(なげし)の上にも桁の上にも鼠がひしめき合って騒いでいる。
 結局、亭主ともども一睡もできずに夜を明かした。

「どういう鼠を殺したんでしょうか。不思議な難儀に遭いましたよ」
と、大工十右衛門は語った。
あやしい古典文学 No.288