『太平百物語』巻之二「孫兵衛が妾蛇になりし事」より

妾蛇

 備前の国の金山(かなやま)のあたりに、孫兵衛という百姓がいた。その弟は隣国の播磨で猟師をしていた。
 孫兵衛は裕福で何不自由なく暮らしていた。ただ跡を継ぐ子がいないため、行末を心細く思うことが多かったが、あるとき何となく病みつき、それが日に日に重くなった。

 もはや助からない容態だという知らせが播磨に届き、弟は取るものも取りあえず備前に駆けつけた。
 病床の孫兵衛は、嬉しげに弟を見て、
「よくぞ遠路を来てくれた。わしはこの通り病が重く、とても本復するとは思われない。死んで後の弔いをよろしく頼む。跡継ぎがいないゆえ、家財田畑ことごとくおまえに譲るから、今日からは殺生のなりわいを止めて、この屋敷に住むがよい」
 それから傍らに付き添う妾を指して、
「これは長年わしに仕え、連れ添ってくれた者だ。面倒を見てやってくれ。くれぐれも頼む」
 このように遺言して、孫兵衛はほどなく絶命した。

 弟は僧を招いて、泣く泣く葬いをした。孫兵衛の妾であった女も、悲しみに暮れつつ野辺送りの人々に同道した。
 孫兵衛の亡骸を土中に埋め、僧がねんごろに回向して、皆が帰ろうとしたときのことだった。
 女が、ふと孫兵衛を埋めた塚に駆け寄った。塚の前で三度くるくる回って倒れ伏したかと思うと、たちまち大きな蛇と化して死んでいた。
 みな驚き慌てたが、僧はこの様子をつくづくと見て、
「こうしたことは、まれにあるものだ。一緒に埋めてやりなされ」
 人々は孫兵衛の傍に蛇を埋めた。
 僧は、女のために煩悩除災の法を行ってねんごろに弔った。その塚からは、木欒樹(もくげんじゅ)が生え出たという。
あやしい古典文学 No.292