『諸国百物語』巻之二「遠江の国堀越と云ふ人、婦に執心せし事」より

堀越ヶ池

 遠江の国に堀越某という人がいた。十六歳で男子を一人もうけたが、やがてその子が成長して十六歳になり、妻を迎えた。そのとき堀越は三十歳であった。

 息子の嫁はたいそう美人であるうえに、すべてにわたって心の行きとどいた女だったのに、堀越はこの嫁と会ってもろくにものも言わず、いつも下を向いてむっつりしていた。
 周囲の者が不審に思って、
「嫁が気に入らないのですか」
と問うと、
「いや、そんなことはない。夫婦の間さえうまくいっていれば、それでいい」
と答えるのだった。
 そのようにして三年たつうち、堀越は何となく気の抜けたようになって病みついた。
 病が次第に重くなっていくので、嫁は、
「お見舞いに参ります」
と言うのだが、堀越は、
「見苦しい病人の床に来ることは、絶対にならぬ」
と、近づけなかった。

 いよいよ末期というときになって、嫁は堀越の枕元に寄り、手足をさすって看病した。それで姑も次の間に出て、少しくつろいでいた。
 しばらくして、病人の寝ている奥の間から、屏風や障子にざわざわと物の当たる音がしてきた。
 『何だろう?』と皆が行ってみると、堀越は巨大な蛇に変身して、嫁に三重に巻きついていた。
 あっと思ううち、その下から水がザザッと湧き出て、たちまち屋敷は淵となり、堀越は嫁とともに水底に沈んだ。

 最近まで天気のいいときには、堀越ヶ池の中に、かつての屋敷の柱などが見えたということだ。また、今では蛇身も棲んでいないのか、淵も浅く、小さくなってしまっているという。
あやしい古典文学 No.293