『古今著聞集』巻第十五「高陽院競馬に狛助信尾張種武に勝ち互いに落馬して死する事」

高陽院競馬

 いつの年であったろうか、高陽院で競馬(くらべうま)が行われたときのことである。

 騎手の一人に選ばれた狛助信(こまのすけのぶ)はたいへんな名手で、これまで何度も騎手をつとめながら、一度も負けたことがなかった。
 ところが、その助信が必勝祈願の祈祷を受けるべく仁和寺に参ったところ、寺主は言うのだった。
「このたびの勝負は負けるがよい」
「なぜですか」
「勝ったらね、おまえさんが死ぬことになる」
「勝つと死にますか」
「死ぬとも。請け合うよ」
「それならば……」
「うん。悪いことは言わない。今度は負けることだ」
「いや、負けません。勝って死にます」

 競馬の当日、助信は尾張種武と競って勝ったが、その直後勢いあまって、門の開いている馬場のはずれまで駆け、突き出たかんぬきの横木に首をかけて落馬、即死した。
 それゆえ勝者への褒美の品々は、むなしく馬の鞍にかけられたのであった。
 負けた種武が騎乗したのは、腋白(わきしろ)という馬だった。きわめて強い馬で、この日、種武が乗って初めて負けたのである。
 腋白は馬場の隅まで行くと種武を振り落とし、即座に噛み殺してしまった。
 こうして、勝負を争った二人とも同時に死んだというのは、不思議な事件であった。

 この話がだれの記録にあったかということは確かでないけれど、このように言い伝えている。
 大江匡房は、藤原頼通の日記に『昔、駿馬有り。競馬に負け、その乗尻(騎手)を食い殺して、坂東に到りて神と成る云々』とあると記している。
 そういう故事があったのだろう。
あやしい古典文学 No.297