橘南谿『西遊記』巻之三「山童」より

九州山童

 九州の西南の果ての深山に、俗に「山童(やまわろ)」というものがいる。薩摩で聞いた話では、山の寺という所に山童がたくさんいるという。
 その形は大きな猿のようで、人間と同じように立って歩行する。毛の色はたいそう黒い。山の寺ではしょっちゅう現れて食物を盗み食らうが、塩気のあるものはまったく嫌う。

 木こりが山深く入って大木を切り出す際、峰を越え谷を渡らねば運び出せず難渋するとき、この山童に握り飯を与えて頼むと、いかなる大木といえども軽々とかついで、容易に谷も峰も越し、木こりを助けてくれる。
 人間と組んで大木を運ぶときには、前で担ぐのを嫌って、必ず後ろのほうに立つ。飯を与えて使えば、毎日来て手伝ってくれる。
 大切なことは、運び終わってから飯を与えるということだ。はじめに少しでも飯を与えると、それを食べ終わるや走って逃げてしまう。

 山童は、ふだん人間を害することはない。しかし、もしも人間がこれを打ち、さらには殺そうとすると、そう思っただけでその人は発狂し、あるいは大病に罹ってしまう。また家がにわかに焼失するなど種々の災害が起こり、祈祷も医薬もまるで役に立たない。
 それゆえ人はみな山童を恐れはばかって、手出しすることはない。

 山童は九州の辺境にだけいて、ほかの国にいるということを聞かない。冬から春にかけて多く出るという。
 冬は山にいて山童といい、夏は川に棲んで川太郎というのだと、ある人が語った。そうであれば、山童は河童であって、棲むところによって名前が変わるのである。
あやしい古典文学 No.301