『今昔物語集』巻第三十一「越後国に打ち寄せられたる小船の語」より

ちいさい人が漕いだ船

 その昔、源行任という人が越後の国司として任国にあったときのことだ。

 某郡の浜に小船が一艘打ち寄せられた。幅七十五センチ、深さ六センチ、長さは三メートルばかりのものだった。
 人々は『これは何だろう。だれかがおもしろ半分に造って、海に投げ込んだのだろうか』などと思い、さらによく見ると、船の舷側には三十センチ間隔でたくさんの櫂の跡があった。久しく櫂をつかったらしく、その跡は十分に擦れ潰れていた。
「おもちゃじゃない。本当に人が乗っていた船だ」
「それにしても、いやに小さい人だぞ。乗っていたのは」
 みな不思議がり、
「こいつを大勢で漕ぐときは、まるでムカデの脚みたいだろうな。世にも珍しい代物だ」
と言って役所に持ち込んだところ、国司もたいそう不思議がった。

 年とった者の言うことには、
「昔から、こうした小船が寄ることは時々ある」
のだそうだ。とすれば、それに乗るほど小さい人も、どこかにいるのだろう。
 このような小船が流れ着いたという話を、ほかの土地では聞かない。越後にのみ度々漂着するのは、小さい人の住むところが越後の海の北にあるからだろう。

 このことは、やがて国司が任期を終えて京都に帰り、家来の者たちが話したことから、広く世間に語り伝えられたのだという。
あやしい古典文学 No.302