神谷養勇軒『新著聞集』第四「甥を殺して網を焼く」より

甥の恨みは深い

 相模の国の本目浦に、八郎兵衛という大工がいた。
 その甥が悪いやつで、八郎兵衛はもてあましていたが、ついには縛って海に沈めて殺した。延宝七年の夏のことである。

 翌年の夏、八郎兵衛の妻が男の子を産んだ。取り上げてみると、額にツノがあった。上下の顎には食い違いに歯が生えて、殺した甥にそっくりの顔だ。
 恐ろしいことだと、大工の道具箱の上に据えて圧殺した。嬰児は息絶えて後も、なおむくむくと持ち上がってきたという。
 この死骸を巫女の口寄せにかけたところ、こんなことを言った。
「海に沈められた俺の恨みは深い。このたび子と産まれ、恨みを晴らそうとしたが、また殺されてしまったのはがっかりだ。この上は、おまえを火難に遭わすから覚悟しろ」

 その後ほどなく、同じ浦の漁師たちと一緒に網を干しておいたところ、八郎兵衛の網だけが突然燃え上がって、焼けてしまったそうだ。
あやしい古典文学 No.304