三坂春編『老媼茶話』巻之三「女大力」より

怪力猛女

 三河の国吉田の城主、池田三左衛門輝政の妹は、怪力の猛女であった。山崎左馬之助の妻となったが、離別後に剃髪して天久院といった。

 あるとき吉田城内に狼藉者があらわれ、人を多数殺害したあげく天久院のもとに斬り込んできた。
 天久院は鉢巻をして袴の裾を高くからげ、大長刀をかい込んで仁王立ち。大まなこをカッと見開いて立ちはだかるその剣幕に、狼藉者は震え上がった。逃げようとするのを追いかけ、長刀を車輪のように振り回すと、敵の身体はばらばらになった。
 この天久院の力は、およそ百人力とのことだった。

 また、吉田城内に化け物が出て侍女らが行方不明となることがたびたびあり、人々は恐れおののいていた。
 そんなさなか、天久院の仏具の下からいまだ生々しい人の骨が見つかった。そこで、
「化け物は外から来るのではない。城中に紛れ込んでいるのだ」
と、皆いよいよ怪しみ恐れた。
 天久院は一計を案じ、ある夜、頭から女の衣装をかぶり寝たふりをして様子をうかがっていると、小ちくという侍女がやって来た。しきりに鼻を鳴らして息をつき、まるで馬のようだ。
 そっと見上げた瞬間、侍女の相貌が一変した。眼が光り口は耳まで裂け、天久院に飛びかかると衣装にくるみ込んで抱えるや、外へ駆け出そうとする。
 天久院は腕をのばし、化け物の頭をぐっと掴んだ。みしみしと抓みながら押し伏せ、牛の吠えるように呻くのを、拳固を握って頭を殴り潰した。
 化け物の正体は、尾が二股に裂けた体長一メートル半の大猫であった。
あやしい古典文学 No.311