根岸鎮衛『耳袋』巻の十「風狸の事」より

風の狸

 ある人が語った。

 中国の『捜神記』に「風狸」の記事があるが、じつは日本にも風狸がいる。その名のとおり狸の類らしい。
 まことに妖しい異獣である。野に出て、どのようにして見つけるのか知らないが、ある種の不思議な草を採り、樹の枝にとまっている鳥を狙ってそれをかざすと、鳥はたちまち枝から落ちる。その鳥を捕って餌にしている。

 その草が何なのか、だれも知らない。
 風狸が鳥を捕っているところを見つけて追い散らし、持っていた草を奪って樹上にいるものに向けると、鳥であろうが獣であろうが人であろうが、皆ころころと転落するのだという。
あやしい古典文学 No.318