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荻田安静『宿直草』巻四「産女の事」より |
産女の泣く夜 |
寛永五年の春、私の住む里の某家の下女が死んだが、女はそのとき妊娠していたため、産女(うぶめ)になった。 里の者どもは恐れて、どの家も夜には柴の戸を固く閉め、葭のすだれを下ろした。 女が死んだとき、私はよその地に滞在していて、帰って来てその話を聞いた。 「では、その産女が通ったら、知らせてくれ」 そう頼んでおいたところ、夜中の一時ごろ、母が私を慌ただしく起こした。 「ほら、例の者が通るよ。声を聞くがよい」 耳を澄ましていると、 「わああああぃ」 と泣く声を、二度繰り返すのが聞こえた。最初は高く、後は低く長く引き、一声の間に四メートルほども歩くかと思われた。 その声の哀れさは、今も身にしみて感じられる。 この亡霊の情夫は与七という者であった。 産女が夜な夜な寝部屋に通ってきて、与七は寝るどころではなかった。あんまり腹が立って、産女を捕らえて柱に縛りつけておいたが、翌朝には血の付いた布きれが残っていただけだった。 取り合わないでいても毎夜来る。家を移っても後を慕ってついて来る。なけなしの銭で坊主に経を読んでもらっても、全く効き目がない。与七はまいってしまった。 そんなとき、ある人が、 「相手の男のふんどしを産女の来るところに置けば、その後は来なくなるというぞ。騙されたと思ってやってみろ」 と言うので、ふんどしを外して寝部屋の窓に掛けておいた。 産女はその晩も来たが、翌朝見るとふんどしがなくなっていた。 以来、二度と来ないという。 |
あやしい古典文学 No.321 |
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