『奇異雑談集』巻二「伊勢の浦の小僧、円魚の子の事」より

伊勢の浦の小僧

 京都紫野の大徳寺は応仁の乱の兵火にあって没落し、寺僧らは難を避けて散り散りになった。
 岐庵和尚の弟子某、字(あざな)は牛庵という者も近国を流浪し、伊勢の国の海辺の、とある漁村を通りかかった。
 山の中腹に小さな庵(いおり)がある。登っていくと、なんとも眺めのよいところだ。庵の縁側に腰かけて休んでいると、内から庵主が出てきて牛庵と雑談した。

 庵主が小僧を呼んで、
「お茶を差し上げよ」
と命じると、やがて小僧が茶を運んできた。
 何気なく小僧を見て驚いた。それは五体の形こそ人の姿だが、人とは思えない異相の者であった。つくづくと見ていると、庵主は、
「この小僧はエイの子でしてな」
と言うのだった。
 牛庵はいよいよ不思議に思い、そのわけを問うと、庵主はこんな話をした。

「麓の村の漁師が、あるとき大きなエイを釣って、家に持って帰ったのです。それを仰向けに置いたところ、エイの女陰がヒクヒク動いて、まるで人の女のもののようだった。見ているうちにムラムラときまして、漁師は思わずエイを犯してしまったのです。それがまた、人の女としているのと変わらなかったんだそうですが、ま、とにかく、そんな仲になってみると、情が移ってとても殺すには忍びない。また海に連れていって放してやった。エイは嬉しげに鰭を振って海に沈んでいったそうです。
 それから十ヵ月が過ぎました。ある晩、漁師の夢にエイが現れて言うことには、
『あなたの子が生まれました。某浦の岩場に置きましたから、探して取りあげてやってください』
 目覚めてつらつら思うに、たしかに身に覚えがある。そこで某浦に行って探すと、なるほど赤子が置かれていた。抱いて帰って養うと人の形に育ったので、私が弟子として引き取って、ここに住まわしているのです。今年で十八になります。ご覧のとおり人というべきか、人にあらずというべきか……」

 話し終わった庵主ともども一笑すると、牛庵はその場を辞去して、また放浪の旅を続けた。
あやしい古典文学 No.323