平尾魯遷『谷の響』二之巻「蛇章魚に化す」より

蛸の足が蛇

 文政二年か三年ごろ、陸奥の鰺ヶ沢の漁師が一匹の蛸を獲った。
 その蛸の足のうち一本は、長さこそ他の足にひとしかったが、俗に「白ナブサ」という蛇で、鱗もすべてそなわっていた。蛸の胴にくっついている部分は、目や口のなくなった蛇の頭であった。
 獲ってのち、この蛇の足のみが容易に死なないで、五六時間ほども生きてうごめいていた。
 これは魚の行商を生業とする岡田屋伝五郎という者が語ったことである。

 また蛸の足には、先の十ないし二十センチくらいにイボがないままのものがある。これは蛇が変じたものだから、その足は切って捨てなければならない。食べると大いに害がある。
 このことは、鰺ヶ沢の漁師、藤吉という者が語ったそうだ。

 かように物はさまざまに変化する。人知でははかり知れない。
あやしい古典文学 No.326