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『今昔物語集』巻第十「霍大将軍死せる妻にあひて打たれて死にたる語」より |
将軍 夜半に死す |
昔、中国に霍(かく)大将軍という、武勇にすぐれ思慮深い人がいた。この人は主君の娘を妻としていた。 将軍は妻を深く愛していたが、彼女はふとしたことで亡くなってしまった。 将軍は限りなく悲しんだ。最愛の妻と二度ともう相親しむことはできないのだ。彼は柏(かや)の木を伐って霊殿を建て、妻の死体をその中に葬った。 妻を深く愛していた将軍は、その後も悲しみの心に堪えず、朝に夕に霊殿に赴き、食物を供えて礼拝した。そのようにして一年が経った。 ある日の暮れ方、将軍がいつものように霊殿に入って食物を供えていると、なんてことだろう、亡妻がいきなり生前の姿で出現した。 くどいようだが、将軍は妻を深く愛していた。もう一度逢いたいと願っていた。しかし実際に妻の亡霊に出てこられると、甚だしく恐れて震え上がった。 妻の霊は語りかけた。 「あなた、いつまでもわたしを恋い慕って、このように祀ってくださるのね。わたし、ほんとに嬉しいわ」 この声を聞いて、将軍の恐怖はいよいよつのった。もう夜の闇が深く、あたりに人の気配はない。彼は逃げ出そうとした。ところが妻は衣を掴んで引き留め、 「抱いて! 抱いて!」 と迫るのだった。 将軍は周章狼狽してもがくばかりだ。妻はその様子に怒ったか、彼の逃げ腰を手刀で一撃した。 打たれながらも将軍はなんとか逃げ延びたが、家に帰って後、打たれたところが激しく痛んで、夜半に死んだ。 やがて帝がこのことを耳にして、かの亡妻の霊力を尊び、五百戸の封地を禄として与えた。その後は国に災いが起こりそうになると、霊殿が雷のごとく鳴動して知らせるようになった。 まあとにかく、死者を恋い慕って悲しむ心がいくら深くても、霍将軍のようなことをすべきではない。死霊になってしまうと生前の人の心は失われる。だから極めて恐ろしいものなのだと語り伝えている。 |
あやしい古典文学 No.343 |
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