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橘崑崙『北越奇談』巻之四「怪談其六」より |
夜釜焚 |
世に「夜釜焚」というのは子供のおとぎ話だと思っていたが、最近、実際にこの怪事があった。 信濃国頸城郡高津村塩坪の某家の下僕が、夏の夜に村外に遊びに出て、十二時過ぎて帰ってきたとき、村はずれの四つ辻に青い火がふっと燃えてまた消えるのを見た。 そのように火が燃えて消えるのが数度……。下僕は、きっと誰か知り合いが外で涼んでいるのだろうと思って、『おどかしてやろう』と気づかれないように歩み寄った。 近くからそっと顔を窺うと、隣家の次男であった。両足を組み、手で膝を抱え、俯いて地面にすわっている。両足の間からとろとろと青い火が燃え出ること一尺ばかり、その顔色は真っ青で、やせ衰え果てた姿だ。 驚きのあまり「あっ」と叫ぶと、化け物は顔を上げてにっと笑い、たちまち消え失せた。 下僕は無我夢中で走って帰り、布団にもぐり込んだ。 翌朝、やっと戸外が白んだばかりの頃に、馬の飼い葉を刈るよう申しつけられた下僕は、鎌など提げて山あいの草野に行った。そこには既に、小川の向こうで草を刈っている者がいた。下僕は小川をひと飛びして近づき、 「だれだ」 と声をかけた。 ふり向いた相手の顔は、昨夜辻で火を焚いていた男であった。驚きのあまり言葉もなく立っていると、その男が言った。 「昨夜のこと、けっして人に語ってくれるなよ」 下僕はこの一言でさらに肝を潰して逃げ帰ったが、それから病みついて寝込むこと十日あまり、ついに『この村にはおられぬ』と思って主人に暇を乞い、生まれ故郷に帰ってしまった。 ほかに大光寺村の鍛冶屋の母など、近ごろ夜釜焚を見た人は多くいる。 夜釜焚となった者は、三年以内に必ず、精神が衰弱して死んでしまうそうだ。 このあたりは南の山岳に連なり、畑の土に混じって石鏃・雷斧・石剣などが出る。私も去年の春、同地に行ってみたのだが、むかし兵火に焼かれた戦場とおぼしく、焼石・瓦・土器などが多くある。 そこで私が思うには、夜釜焚というのは屍から伝染する病気の一種であって、苦しみ迷う霊鬼が何かの機に乗じて人に憑き、あのような怪事をなすのではなかろうか。まことに不思議なことである。 |
あやしい古典文学 No.344 |
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