『諸国百物語』巻之二「小笠原殿家に、大坊主ばけ物の事」より

大坊主の化け物

 慶長年間のこと、小笠原家の奥方が、齢四十四、五歳にして疱瘡にかかった。
 命にかかわる重病なので、小笠原殿も次の間で療治の相談などをしておられたところ、奥方の臥せっている奥の間から侍女たちが、
「大変です。ああ怖ろしい」
と言いつつ駆け出てきた。
 小笠原殿が奥に入ってみれば、屏風の上から真っ黒な大坊主が顔を出し、奥方を見下ろして笑っていた。とっさに刀を抜いて切り払うと、坊主の姿はかき消えた。

 次の夜、あの坊主はまた来るだろうと、侍どもを五六人奥の間に入れて待ちかまえていた。
 思ったとおり例の坊主が、また屏風の上から顔を出した。小笠原殿が、
「何者か。なにゆえこのように化けて出るのか」
と叱ったところ、坊主はやにわに奥方をひっ掴み、天井を蹴破って虚空に上がろうとした。
 侍どもは、そうはさせじと奥方にとりつき、引き留めようとする。坊主は髪を掴んで引き上げようとする。この争いで奥方は二つに引き裂け、坊主はちぎれた首を持ち去った。

 その後一年ほどの間は、小笠原殿が厠でしゃがんでいると冷たい手で太腿を撫でたり、あるいは厠の鍵を外から掛けて閉じこめたりなど、いろいろ不気味なことがあったということだ。
あやしい古典文学 No.349