『巷街贅説』巻之二「鯔魚の説」より

出世魚ボラの説

 以下は、御肴役所 根岸彦司より北条新八郎宛報告書による。



 ボラは武蔵の風土から生じる魚であります。関東東岸に接する田んぼで、寒が明ける二三月ごろに自然発生するようであります。
 「スバシリ」あるいは「小なよし」と呼ばれるくらいに育つと海に出て、おびただしい数に群をなし、房総や伊豆の海に広がります。
 六七月ごろにはとりわけ伊豆方面の海に多く集まりますが、八九月ごろには伊勢志摩の海に移り、さらに十月にかけて紀州の海に、十一月から翌年正月ごろまでは土佐・肥前の両国の沖に集まります。
 その後は、二三月ごろからことごとく大洋に出てしまい、また大魚の餌になったりするので、たまたま見かけることはあっても、群をなしているのを見ることはありません。

 将来トドやアザラシに化けるボラは、「なよし」のころから勢いたくましく、網にかかってもその網を突き破って中天に飛び上がり、釣針に釣られるとおのれの口やエラを引き裂いてでも逃れるそうであります。
 そうしたボラが大洋で数年を経てトドと化し、世界の海陸を巡り歩くのです。しだいに極寒の風土を好むようになり、蝦夷の地には格別多く集まってまいります。
 ついにはアザラシに変じ、山海を飛行することも自在となります。これは容易に獲ることができないものだそうであります。

 とりとめなく信用しがたい説ながら、伊豆の生まれで代々ボラ漁をしてきた漁師から聞きましたので、ご報告申し上げます。
あやしい古典文学 No.351