『片仮名本・因果物語』下の四「生きながら女人と成る僧の事」より

女になった僧

 江戸の某寺の学僧だった実相坊は、比類ない学識をきわめ、それゆえの高慢も甚だしいものがあった。
 江州坂本の西教寺に赴いて仏法の要義を説いたところ、僧俗こぞってこれを尊ぶこと限りなかった。
 それから信州に行き、ある家に宿泊したが、亭主の馳走を受けて滞在を続けるうち傷寒を患い、七十日も寝込んだ。
 ようやく癒えたので行水をしたところ、男根が落ちて女になった。同時に今まで身につけてきた才知も文字さえも忘れ果て、まるっきりの愚人となった。
 がっくりと力を落とし、しかたなく土地の酒屋の酌婦になった。

 その後、元の寺の僧が街道を旅する道すがら、四五人で酒屋に立ち寄った。
 僧たちを見て店の女が涙を流して悲しむので、不思議に思ってわけを尋ねた。すると女は、わが身の上をありのままに語ったという。



 上州の藤岡から武州の秩父へ経帷子を売りに行く僧が、ある田舎町の酒屋に立ち寄った。
 その酒屋の女に、かつてよく経帷子売りに同道した仲間によく似た者がいた。女は僧と目が合うと、慌てて身を隠した。
 不審に思っているうち、しばらくして女はまた酒売りに出てきた。しかし、顔を隠して見せようとしなかった。
 そこで僧は、
「あんたは知り合いの僧によく似ているんだ。もしかしてあいつの姉が妹じゃあないのかね」
と話しかけたが、女はただ黙って涙を流し、店の奥に引っ込んでしまった。
 周囲の人に、あの女はどこから来たのかと尋ねると、
「さあ。上州の方から来たと言っていますが、身寄りのことなどはいっこうに知りません」
とのことだった。

 秩父からの帰り道、僧は再び酒屋に寄って女を呼び出し、あらためて問うた。
 女は、
「いかにも、私はあなたの旧友の何某です。なんとなく患いついたのがもとで、ふと男根が落ちて女になりました。もはや子が二人あります。情けない……」
と、泣く泣く語ったそうだ。
あやしい古典文学 No.362