根岸鎮衛『耳袋』巻の四「蝦蟇の怪の事、附 怪をなす蝦蟇は別種なる事」より

蝦蟇の怪

 城中で同僚が語った話である。
「狐狸の怪は昔から今に至るまで聞くことも見ることも数多い。これに比べると知られていないけれども、蝦蟇(がま)も怪をなすものなのだ。蝦蟇が厩に棲むと、馬は心気衰えてついに骨と皮ばかりになる。人間の場合も、床下に蝦蟇が棲んだせいで家人が患うことがある。
 ある古い家に住む人が、何となく病みついて心身とも衰えていったのだが、ある日、雀が縁先に来たのを見ていると、それがふと縁下に飛び入って、それっきりになった。あるいはまた、縁の近くにいた猫や鼬が、まるで引き入れられるように縁下に入って行方知れずになることもあった。
 そんなことが度々あったので、主人が不思議に思って床を剥がし、縁下に人を入れて調べさせたところ、巨大な蝦蟇が窪みに棲んでいた。傍には毛髪や白骨がおびただしく重なっていた。
 さてはすべてこの蝦蟇の仕業かと、打ち殺して床下を掃除した。すると、かの病人も日増しに回復したのだ」

 私が壮年の時分のこと、西久保の牧野備前守の屋敷に行って、黄昏どきの庭を眺めていた。季節は春だったので、大きな毛虫が石の上を這っていた。
 そこへ縁の下から蝦蟇が出て、毛虫から一メートルほど離れた場所まで這ってきた。しばらくして蝦蟇が口を開けると、一メートル先の毛虫を吸い引くと見えて、毛虫は蝦蟇の口の中に入った。
 このことからすると、年を経た蝦蟇が人の気を吸うというのも、まんざら出鱈目とは思われない。
 また柳生氏の話では、上野の寺院の庭で蝦蟇が鼬を捕ったことがあるという。
 蝦蟇は気を吹きかけて鼬を倒すと、死骸に土をかけ、その上に登って座り込んだ。翌日その土を掘ってみたら、鼬の死骸は溶け失せていたと、寺の者が語ったそうだ。

 ただし、蝦蟇の手足の指が前を向いているのは普通の蛙で、なんの害もない。女が礼をするときのように指先を後ろに向ける蝦蟇は、必ず怪をなす。
 坂部能登守によれば、そのように故老が語ったとのことだ。
あやしい古典文学 No.364