大田南畝『半日閑話』巻十六「滝与一郎方の妖姥、ほか」より

怪事三件

 某年五月、青山組屋敷の与力 滝与一郎方でお産があった。
 安産だったが、やって来た取揚婆さんがいきなり赤子を抱えて駆け出した。
 そのまま近くの空長屋に走り込んだので、すぐに跡を追っていくところに、また取揚婆さんが現れた。
「ここにいたぞ」と取り押さえ、縄で縛り上げた。しかし、それは滝家が呼んだ本物の取揚婆さんだった。
「じゃあ、さっきの婆ァは何者だ……」
 詮議するうち更に出火騒ぎが起こり、屋敷周辺は跡形なく燃えてしまった。

 同年の同じころ、下谷あたりでも怪事があった。
 さる武家屋敷で、四歳になる子と隣の赤子を二階で昼寝させていたところ、何ものかが来て子供の腹を食い破り、臓腑を喰らった。
 階下で洗濯していた母親が、赤子が泣くので見に行くと、この始末だったという。

 そのころ一ツ木でも、蛇が三四歳の子供を呑んだ。
 父親が追いかけて間近まで迫ったが、蛇の毒息を浴びて目がふさがり、それきりになってしまったと風聞されている。
あやしい古典文学 No.372