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『梅翁随筆』巻之一「化もの芝居見物の事」より |
芝居に猫また |
寛政八年春、中村座が上演した『京鹿子娘道成寺』が大評判で、芝居好きもそうでない者も、皆こぞって見物に押しかけた。 そんななか、本所割下水に住まいする服部市郎左衛門という人が五六人連れで、以前に贔屓にしていた芝居茶屋に現れた。 「時節柄、ずっと芝居見物を遠慮していたが、このたびの大評判を聞くに、どうしても見たくなったので、久しぶりにやって参った。いつものように料理の用意を頼む」 このように申しつけて芝居を見物し、そのあと茶屋でゆっくり酒宴をもよおした。 料理のうち、ヒラメのあんかけがことのほか気に入ったと、結局ヒラメを三枚たいらげた市郎左衛門は、 「代金は、いつもどおり屋敷に取りに来てくれ」 と言い置いて帰った。 後日、茶屋の者が屋敷へ行って驚いた。市郎左衛門は七年前に死んでいた。 そういえば、大ヒラメを三枚とも頭も骨も少しも残さず食べていたが、あれからして尋常ではない。服部の屋敷には以前から猫またの噂がある。今度のことも、そいつの仕業ではないか。 あれこれ考えても後のまつりで、茶屋は三両あまりを食いたおされ、丸損をこうむったのだった。 |
あやしい古典文学 No.377 |
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