『新説百物語』巻之二「死人手の内の銀をはなさざりし事」より

死人がむっくり

 京都東山の某寺に伊六という寺男がいたが、病気になって、縁者の家で半年ばかり養生していた。

 その伊六が、あるとき寺にやって来て、
「もう、だいぶよくなりましたので、こちらに戻って働きたいのです」
と頼んだ。
 しかし寺の僧は、
「まだ顔色も悪いし、体力もついていないようだ。もうしばらく養生するがいい。おまえも知っているように、給金の残りも五六十匁ほどある。これを持ち帰って、十分養生してから戻ってくれ。何か心配ごとがあるなら、遠慮なく相談してくれよ」
と言って、銀子六十匁を渡してやった。
 伊六はそれをおしいただき、
「親身になっていただいて、まことにありがたい」
と言ったかと思うと、その場に倒れた。
 寺じゅう大騒ぎとなり、水など飲ませ、薬よ鍼よと介抱したが、その甲斐なく死んでしまった。
 養生していた縁者宅へ知らせるとともに、その夜、寺の墓所に埋葬することになった。
 伊六の亡骸は、六十匁の銀子を握りしめていた。いろいろ試みてもどうしても離さない。結局、銀子に執心が残っているのだからと、そのままにして葬った。

 さて、隣の寺に、重助という寺男がいた。
 重助は、せっかくの銀子を埋めてしまうのはもったいないと思えてならない。
 そこで、夜更けてから墓所に行き、死人を掘り出して銀子を盗ろうとしたが、やっぱりどうしても離さない。こうなったら何としてもと、小刀で指を切って、ついに銀子を手に入れた。
 重助が帰ろうとすると、死人がむっくりと起き上がった。かっと目を見開き、食いつかんばかりの形相だ。重助は肝をつぶし、たちどころに気絶した。
 翌朝、寺の僧が墓に来て、倒れている重助を見つけ、いろいろ介抱したので、なんとか息を吹き返したのだそうだ。
あやしい古典文学 No.379