鳥飼酔雅『近代百物語』巻五「猫人に化して馬に乗る」より

猫が踊って馬に乗る

 奥州の信夫文知摺(しのぶもじずり)の石のことは、人々のよく知るところだが、そのあたりに玉笹立左衛門という、武勇をもって知られる郷士がいた。

 立左衛門は一頭の名馬を持っていて、これをはなはだ愛育していた。
 ある日、馬飼の男が朝早く起きて見ると、その馬が首を飼い葉桶に垂れて、大汗を流し喘いでいた。まるで遠路を走った直後のようだった。馬飼は驚き、誰かが馬を盗んで夜に遠出したのではないかと疑った。
 翌朝も馬は、前日と同じように汗をかいて喘いでいた。いよいよ怪しんだ馬飼は、その夜、厩の内に身を伏せて様子をうかがった。
 するとそこへ、玉笹家で飼っている黒猫が来た。猫はニャーゴと吠えてひと踊りすると、たちまち黒い衣冠を身につけた若い男に変じた。
 男は馬に鞍を置いて乗って出た。屋敷の門はたいそう高い。しかし鞭を当てると馬は躍り上がり、門を跳ね越えて出ていった。
 馬は暁になって帰った。男は馬を下り、鞍を解き、またニャーゴと吠え踊って元の黒猫に戻った。

 馬飼の驚きはひととおりでなかったが、人には語らず、またその夜も厩に隠れて、今度は馬が出ると後をつけた。
 少し降った雪に馬の足跡が続く。それを辿っていくと、一つの古い墓の前に至った。足跡はそこで途絶えていた。どこへ行ったのか姿も見えない。仕方なくその夜は帰った。
 次の夜は、宵の口から例の墓所に行って待ち伏せた。
 辻堂の天井に隠れて様子を窺っていると、夜半となるころ、黒衣の男が馬に乗って来た。辻堂の柱に馬を繋ぎ、墓の石塔をのけて穴の中に入っていく。穴の中からは、数人の笑い語る声が聞こえてきた。
 しばらくすると男は穴から現れ、帰ろうとするらしかった。数人が送りに出てきて、その中の年とった者が、
「立左衛門一家の名を記した帳面は、どこに置いた」
と言うと、男が応えた。
「すでに漬物桶の下に納めてある。心配ご無用」
「きっと用心して、露見しないようにしろ。あれが洩れたら、我らは皆殺しだ。ところで、最近出生した幼子がいたな。名前がついたら、いちはやく帳面に記すのだ。くれぐれも忘れるな」

 暁におよんで馬飼は屋敷に帰り、見聞きしたことを主人に告げた。
 驚いた立左衛門は、黒猫が油断している隙に捕らえて、しっかりと柱に縛りつけた。
 漬物桶の周辺を探すと、はたして、そこの穴の中に書面が隠されていた。家内の男女の名をつぶさに記してある。幼子は生まれてひと月、まだ名を付けてないので載っていなかった。
 そこでまず猫を引き出し、棒で殴り殺した。次に家中の侍数十人をつれて例の墓所に赴いた。墓を壊しあばくと、数十の猫が群がり出てきたので、それをことごとく殺し尽くして帰った。
 その後は、なんの怪異もなくなったということだ。
あやしい古典文学 No.381