佐藤成裕『中陵漫録』巻之九「鰻の奇話」より

鰻の奇話

 薩摩の西部には、棲んでいる鰻がすべて片身だという池がある。
 昔、漁師が大きな鰻を獲ったが、その半片を裂いたところで逃げ出して池に躍り込み、以来、片身の鰻ばかりとなった。土地の者はこれを「片平鰻」と呼び、恐れて獲る者はいない。
 肥前島原の北、直子村大手川上には、巨大な鰻がいる。その大きさは臼のようである。干魃のときに人々が祈ると、応えて雨を降らすことがある。よって、雨守大明神と呼んで崇めている。

 また江戸で、たいそう大きな鰻を手に入れて食べた人が、気が狂って死んでしまった。
 同じく江戸の麻布で、鰻屋を営む者がある日、狂乱して俎板の上に横たわり、包丁を喉のところに突きたて、
「わしは鰻だぁ〜〜」
と絶叫して死んだ。
 人々は「数十年の間、生き物を裂いてきた報いだ」と語り合った。

 私が少年のころに聞いた話だ。
 備中の玉島に鰻屋を営む者がいた。村の者がたくさんの鰻を持ち込んでくる。中に、大きくて胡麻斑のものがあった。
 その夜、主人の妻の夢にこの鰻が現れて言うことには、
「夫婦仲良く暮らしていたのに、わしだけが人に獲られてここに来た。きっと近いうちに裂かれて死ぬのだろう。なにとぞ夫婦いっしょに死にたい。そうしてくれる気持ちがあるなら、明日中に連れてきてもらえまいか」
 翌朝、不思議な夢を見たと思って、妻が鰻の生簀を調べると、たしかに胡麻斑のものがいる。これは殺さずにおこうといって二三日過ぎ、また村の者が持って来た中に、同じ胡麻斑のものがいた。
 先のものと一緒に入れると、ことのほか悦んで、たがいに戯れている様子である。これを見て元の水中に放してやり、それから鰻屋を廃業したという。

 最近聞いた話では、ある鰻屋で、夜中に突然生簀の鰻が騒ぎだしたという。
 しばらくすると、客が鰻を買いに来た。その人の来るのを知って、われもわれもと下に潜ろうとしたのである。
 鰻屋の主人が直接語った話である。
あやしい古典文学 No.386