『南路志』巻三十六より

山犬の毒

 先年の大干魃のときのこと、比江村のある百姓が、夜分に田へ水の手配に行って、畔で横になって休んでいた。
 そこは山に近くて、夜にはよく山犬などが出るところであった。

 やがて、闇にまぎれて山犬が来て、百姓の体をひらりと飛び越した。
 飛び越された瞬間、なにか冷やりとするものがかかったように思ったが、たちまち半身が痺れ、口がきけなくなった。
 それきり手足も背も硬直して屈まり、もはや百姓をして世を渡ることはかなわず、ついに物乞いとなった。

 一般に、山犬に遭遇したときには、つまずいて転ばないのが肝要である。
 うっかり山犬の間近に行き、しかも転倒してしまったら、山犬は必ず上を飛び跨いで小便をかける。すると、小便の毒で体がすくんで、固まってしまうのである。
あやしい古典文学 No.387