『片仮名本・因果物語』上の十一「女生霊、夫に怨を作す事」より

おんな生霊

 元和九年、細川家の豊前小倉より肥後熊本への国替えにあたり、高橋甚太夫という弓の足軽も女房を連れて肥後に移ったが、一、二年後に子細あって女房に離縁を言い渡した。
 女房は、
「それならば、私を小倉まで送り届けてください」
と頼んだ。
 甚太夫は一日だけ女房を伴って旅したが、それきり泊まった宿から夜逃げして熊本へ帰った。
 捨てられて途方に暮れている女房を、宿の亭主が哀れんで、同地で似合いの男に縁づけてやった。

 やがて甚太夫は新しく妻を娶った。しかし、いざという時になると前の女房がどこからともなく姿を現し、甚太夫の首を締めて痛めつけるので、妻を置くことができなかった。
 困り果てて前の女房の所に出向き、さまざまに詫び言をすると、意外にも、
「私は今、望みどおりの家に嫁いで幸せに暮らしています。これも皆あなたが暇をくださったおかげですから、なんの遺恨もありません」
と言う。
 喜んで帰って、今度こそと妻を迎えたが、やっぱり前の女房の頭が窓から入ってきて、棟木に乗って首を締めた。結局、甚太夫は妻を持つことができず、独り身で暮らした。



 九左衛門という浪人が、筑後に女房を残し、
「三年待ってくれ。もし三年過ぎても便りがなければ、どこへなりとも縁づくがよい」
と言い遣って、肥後の国にやって来た。
 武士として仕官はかなわず、やむをえず医者となって玄清と名のった。

 その後、別に妻を娶って平穏に暮らしていたが、ある時ふと故郷の女房のことを思い出した。『どうしているだろう。こっちで妻を持ったと聞けば、きっと恨むだろうなあ』
 夏のことで、竹格子の窓に足をかけて涼み、何気なく表を見ると、そこに前の女房が来て立っていた。
 玄清は、『これは女房を思い出したせいで幻影を見ているのだ』と思って、起きあがって見直すと何もなかった。
 それでも、もしかしたら狐狸が化かすのかもしれないと脇差を手に身構えていると、前の女房がするすると寄ってくる気配。はっとして抜き打ちに斬りつければ、窓竹を斬り折る隙に、女は玄清の足指にしっかと食いつき、牙跡が二つ残った。
 今の妻が太刀音を聞いて走ってきて、
「何事ですか」
と問うと、玄清は、
「女の妖怪を斬ったのだ」
とだけ呟いた。
 足の指の二つの傷はどうしても癒えず、玄清は三年苦しんだ末に、ついに死んだ。



 近江の多賀の町の女が、戸外でものを洗っていて、通りかかった不動院の寺小姓に戯れごとを言いかけた。小姓は恥ずかしがって逃げ去った。以来、女は小姓を見かけるたびに何ごとか言いかけ、そのたびに小姓は逃げるのであった。
 ある時、女は逃げる小姓を追いかけた。ひたすら逃げるのを寺の屋敷内まで追いかけ、小姓の髪を切り、印籠・巾着も切り取って持ち去った。

 寺の者がこれを目撃したので、女の夫に使いを立て、持ち去った品々のことを問いただした。
 使いが来たとき、女は病を発して寝込んでいた。夫が、どういうことなのかと尋ねると、
「夢のように覚えています。印籠は雪隠の垣に掛け、髪は部屋の棚に置いたような気がしますけど……」
などと話した。
 調べてみると、皆そこにあった。女はまもなく死んだ。
あやしい古典文学 No.389