津村淙庵『譚海』巻之六より

猫を気の済むように

 ある日のこと、大阪の町の裏長屋に、魚売りが魚を担ってやって来た。
 あの家この家と魚を持っていく隙に、荷を下ろしておいた家の猫が、干魚を一枚盗んだ。
 半分ほど食ったところで魚売りが戻って見つけ、そこの女房に苦情を言った。
「こいつ、おたくの飼猫やろ。商売もん食われたんやから、なんとかしてんか。値は負けるよって、この魚を買うて、猫にやったらどうや」
 ところが、女房は図々しい女で、
「猫が勝手に魚を食ったんやろ。うちは知りまへんで。猫を気の済むようにしたらええでっしゃろ」
と応えるや、家に入って障子をぴしゃりと閉めてしまった。

 魚売りはかっとなった。『そんなら猫を気の済むようにしたるわい』と、ただちに猫を捕らえ、長屋の共同便所の糞壺に放り込んだ。
 猫は糞壺から躍り出て走り帰ると、障子の破れから中に飛び込んだので、家の内はいたるところ糞にまみれ、家人は大慌てした。
 やくたいもない腹いせとは、まあ、こんなことを言うのだろう。
あやしい古典文学 No.396