村田春海『織錦舎随筆』巻之上「麻の葉に毒ある」より

麻の葉

 上野の山の北の谷中という里に、西光寺という寺がある。ある時、その寺の内からただならぬ物音が聞こえ、たいそう騒がしかった。
 近隣の者が行ってみると、住職の僧をはじめとして、若法師から下僕にいたるまで、みな奇声をあげて走りまわっていた。仏の御帳を引きちぎり、経文を破り裂き、他の仏具も手当たり次第に打ち壊して、ただ狂いに狂っている。
「何ごとですか。どうしたのですか」
と尋ねても、応える人もいない。
 どうしたものかと里人四五人で見守っていたが、手の施しようがないまま日暮れになって、みな帰った。

 その夜じゅう、寺のほうから物を壊す音が聞こえていた。
 翌日の昼過ぎごろに音がやんだ。里人たちがまた様子を見に行くと、寺の内にある物は壊し尽くされ、人々はそこかしこに倒れていた。血を吐いている者もいた。
 住職の傍らに寄って、
「気がつきましたか」
と声をかけると、かろうじて頭をもたげたので、昨日からの騒ぎを語ってわけを問いただした。
 住職は言った。
「いや、それとなく思い当たります。なんだかわからないまま、皆が正気を失ってしまいました。思えば昨日、食事にしようというときに、飯炊きの男が、『裏の御園に麻が多く生え育っております。あの若葉はたいそう味がよくて、田舎の者にはごちそうです。江戸の人はお食べにならないのか』と言うので、試しに調理させて食しますと、なるほど美味。うまいうまいと、誰もが夢中で食べました。するとやがて頭に血が上って、むやみに腹が立ってきました。それからあとのことは、はっきり覚えていないのです。やはりこれは、麻の葉に酔って狂ったに違いありません」

 こんなことがあるのだから、麻の葉は、多く食べると人の心を乱すものなのだろう。医書にも、そのように書かれていることがある。
 寛政十二年の夏、谷中の里人が、最近の出来事として語った話である。
あやしい古典文学 No.401