松浦静山『甲子夜話』巻之五十二より

小天狗墜落

 永禄の頃とかいう。
 川越の喜多院の住職が天狗となって、妙義山の中之嶽というところへ飛び去った。それゆえ喜多院には、住職代々の墓の中に、この住職の墓だけがないそうだ。

 同じ時、住職の召し使っていた小僧も天狗となって飛び立ったが、こちらは飛びきれず、寺の庭に墜落して死んだ。墜ちたところに小さな祠が建てられている。
 小僧は直前まで味噌を摺っていたが、突然すりこ木を投げ捨てて飛んだ。そのためだろうか、今でも喜多院で味噌を摺ろうとすると、何ものかがすりこ木を奪い去る。
 すりこ木が使えないので、槌でもって味噌を潰して汁をつくるらしい。
あやしい古典文学 No.407