八島定岡『猿著聞集』巻之二「足尾むらの何がしが子山にいりて猿になりし事」より

猿になる

 下野の国の足尾村で、某家の五歳の子が、ふと家を出たまま何処へ行ったのか帰らなかった。両親はひどく悲しみ、手を尽くして探しまわったけれども、いっこうに行方が知れなかった。

 十日ばかりして、庚申山という山にたずね入った。登っていくと、岩の上に大勢の猿が遊んでいたが、その中に我が子に面ざしの似たものがいる。
 ためしに名を呼ぶと近寄ってきて、父親の着物にすがって泣いた。子は、もはや体に毛が生えて、猿になっていたのだ。
 悲しいことだったが、どうしようもない。父親は泣く泣く、子を抱いて家に帰った。帰って後も、その子は木の実ばかりを食い、人が食べるようなものは少しも口にしないのだという。

 じかに見た人の話として、沼田の里の松風軒の主が手紙に書いてきた。そのまま記しておく。
あやしい古典文学 No.415