根岸鎮衛『耳袋』巻の三「蛇を祭りし長持の事」より

蛇を祀る長持

 天野山城守が、日光奉行を務めていた折に話したことである。

 日光在勤の時、同所の今市とかいうところで長持の売り物が出たが、誰も買おうという者がいなかった。
 その長持の由来を尋ねると、もともとは日光東照宮御神領内の某村の富貴な家で所持していたのを、今市の貧乏な者が、「なにとぞ、あやかって富貴になりますように」と願って買い受けたものだという。
 買った人は、以来日増しに富貴になって、今ではいたって裕福な家だそうだ。

 それなのに長持を売り払ってしまおうというのは、わけがわからない。どうしてかと尋ねると、長持の中には一メートル足らずの蛇がいて、それを飼わなければならないからだという。
 長持に季節季節の草を入れ、朝晩の食事を与えるほか、とりわけ難儀なことがある。二月か三月に一度、家の主が長持の内に入って、布でもって蛇の総身を丁寧に拭いて清めるのを怠ってはならない。
 当初は富貴を求める心から、このような蛇の世話もあえてするが、いつしか忌まわしさに堪えず、人に譲ろうとするのだろう。

 巷の噂では、最初の持ち主が人に譲ったのは、ある年に妻が懐妊して出産したが、産まれたのは蛇だったからだともいう。
 確かな話かどうかは知らない。
あやしい古典文学 No.416