『大和怪異記』巻五「へび、人の恩を、しる事」より

乙が堂

 和泉の国の槇尾山に近い村の僧が、小さい蛇を「乙」と名づけて飼っていた。
 長年飼い続けているうちに、乙はおそろしく大きく育ち、檀家の衆が恐れるようになった。
 僧は、
「みんながおまえを恐がるので、もうこの寺には置いてやれなくなった」
と、ほど近い池に連れてゆき、
「この池の主になるがよい」
と言って放してやった。

 あるとき、池で水を浴びようとした村人が、乙に襲われて死んだ。
 死んだ者の一族は、
「これはそもそも、あんなものを池に放したからだ。坊主こそ我々の仇だ。いざ、打ち殺してくれよう」
などと騒ぎ立てた。
 伝え聞いた僧は悲しく思い、池に行って、
「乙はいるか」
と呼び出した。
「おまえが人を襲ったので、私は殺されることになった。情けないことをしたものだなあ……」
 僧の言葉を、大蛇はうなだれて聞いていたが、やがてみずから、傍らの岩に頭を打ちつけて死んだ。

 村人は奇特なことに思い、堂を建立して「乙が堂」と名づけた。
 大蛇の長さが十三間あったのをかたどって十三の石を据え、経文字を刻んだものが、今もある。
あやしい古典文学 No.418