『今物語』「西行の受難」より

殴られる西行

 伏見中納言と呼ばれた源師仲(みなもとのもろなか)の屋敷を、西行法師が訪問した。
 あいにく中納言は出かけていた。警備の侍が出てきて、
「坊主、何の用だ」
とただしたが応えず、あやしい法師は縁に腰かけてすましている。侍たちは『図々しいやつだ』と思って睨みつけていた。

 御簾の内からは、秋風楽という曲を箏でみごとに弾くのが聞こえていた。
「ひとこと申し上げたい」
と法師が言うので、いまいましく思いながら近づいて、
「何だ」
と問うと、
「御簾の内の方に申し上げてくだされ。『ことに身にしむ秋の風かな (あなたの琴の音を聴くと、いちだんと秋の風が身にしむことです)』と」
 これを聞くや、侍は、
「胸くその悪いことを言いおって」
と、頭をぶん殴った。
 法師は、ほうほうのていで退散した。

 中納言が帰ったので、侍は、
「こんな馬鹿者が来ましたので、張り倒してやりました」
と手柄顔で報告した。
 中納言はげっそりした。
「おいおい、それは西行だよ。なんてことをしてくれたんだ」
 侍は即刻解雇された。
あやしい古典文学 No.422