菊岡沾凉『諸国里人談』巻之二「窟女」より

岩窟の女

 伊勢の国の壱志郡を流れる川俣川の劒が淵に、三メートル四方くらいの岩窟がある。寛文のころ、そこの中に人がいるらしいのを、川向かいの家城村の者が発見した。
 村人たちが筏を組んで川を渡り、岩窟の中を見ると、三十ばかりの女が仰向けになっていた。乱れ髪の先が天井の岩に、膠(にかわ)と漆(うるし)で貼りつけたようになっていて、体はなかば吊り下がっている。しかし、さして苦しそうでもない。
 村人が筏に抱き下ろそうとしたが、どうしても髪が離れないので、髪を途中から切って下ろした。

 村に運んで、水を注ぎ薬を与えると正気になった。
 わけを問うても、前後のことをまるで覚えていない。ただ、自分は美濃の竜が鼻の村長の妻だと言った。
 家城村は津領である。藩庁に届け出ると、国主から美濃に連絡が行き、迎えの者が大勢やって来て、女を連れ帰った。
あやしい古典文学 No.424