平賀蕉斎『蕉斎筆記』巻之三より

抜首病

 浄国寺の先代住職である和尚が、増上寺の寮におられた時のことだ。
 ある夜ねむっていると、人の首らしきものが胸に乗りかかったような気がした。掴んで放り投げると、そのままどこかへ行ってしまった。

 その翌朝、下総出身の下男が「気分が悪くて……」と起きてこないので、和尚は自分で飯を炊いて食べた。
 昼時分になって、下男がようやく出てきたが、いきなり、
「私にお暇をください」
と願い出た。不審に思ってわけを尋ねると、
「お恥ずかしいことでございます。昨夜、お部屋に首が参りませんでしたか」
「ああ、そういえば首のようなものが胸のあたりに来たな。投げつけたら、いなくなった」
「それでございます。私は下総の者で、抜首病なのです。昨日、手水鉢に水を入れるのが遅いとお叱りを受けたときに、あれほど叱らずともよいものをと恨めしく思いました。そのせいで夜、首が抜けてお部屋に参ったのでございます。何であれ腹の立つことがあると、どんなに気をつけても、夜中に首が抜けてしまいます。こうなっては、もはやお勤めを続けることはできません」
 このように暇を乞うて、下男は国に帰ったという。

 抜首病は、下総で多数あるものらしい。
 和尚が直接語った話である。
あやしい古典文学 No.431