日尾荊山『燕居雑話』巻之六「口出糞病」より

口から糞が出る病

 香月牛山が、『小児必用記』巻一に記している。



 二三歳の小児が、特に病んでいるようには見えないのに、口から大便を出すことがある。これは奇怪な症状で、世にまれな病気である。
 元禄の初めごろ、京都の五条あたりに、この病気に罹った子がいた。両親はさまざまな医薬を与え、神仏に祈るなど手を尽くしたが、療治ははかばかしくなかった。
 その子には伯母にあたる人がいて、もと大名家に仕えていたが、今は年を取って奈良に住んでいた。あるとき京都に来て甥の病気を知り、可哀想だと涙を流しながら言うことには、
「わたしが若い頃に読んだ草紙に、このことが書いてあったような気がします。葱の白根を煎じて与えてごらんなさい」
 子の両親は喜んで、さっそく葱の白根を煎じ、一昼夜に五六度ずつ用いた。
 十四日たつと口から大便が出なくなり、一月後に怪しい蛇のような虫を下した。そののち再発することはなかったという。
 その隣家の城という人が語った話で、草紙とは何という書物なのかと尋ねたが、名は覚えていないかった。城氏はいい加減なことを言う人ではない。

 その後、暇なおりに『法苑珠林』をひもといていて、この病気と同じ症状が載っているのを見つけた。
 『法苑珠林』百十巻「賞罰篇」に、次のように記されている。
「『阿育王経』にいわく。阿育王は、口中が糞の臭いで充満し、体中の毛穴から糞汁が流れ出て悪臭限りない病気に罹った。阿育王の后は『王と似た病気の者を見つけよ』と、国中に触れを出した。やがて同病の子供が連れて来られた。その子の腹を割いてみると、怪しい形の虫がいて、活発に動きまわった。医師に命じてあらゆる毒薬を用いても虫はひるまなかったが、葱の白根を煎じた汁を注ぐと、たちまち死んでしまった。そこで葱の白根の煎じ汁を王にすすめたところ、怪しい虫が大便に混じって出て、病は治癒した。』
 世の中にはこんなこともあるのだから、医師たるもの、見聞が広いにこしたことはない。阿育王の病は城氏の話と明らかに同じなので、ここに記しておく。



 この病気のことは『阿育王経』に書かれているほか、『義楚六帖』では「金蔵経」を引用し、倶羅王のこととして載っている。
「倶羅王は口から糞が出る病にかかった。夫人は天下に『この病の者来たれ』と命じ、やって来た者の腹を割くと、虫がいた。虫はどんな薬でも死ななかったが、生葱を用いて殺すことができた。よって王に生葱を食させ、病を癒した。」
 阿育王なのか倶羅王なのか、どちらか分からないけれども、この話はでたらめとは思えない。牛山もわが目で経験した人の説を確かに記し置いたわけだから、けっして根も葉もないことではないだろう。
 見聞が広くないと、こんな奇病に出会ったときにお手上げになる。医人はひたすら学ばねばならない。
あやしい古典文学 No.435