『片仮名本・因果物語』上の十三「生きながら地獄に落つる事」より

生きながら地獄に

 肥前の雲仙岳に、三人連れの男が参詣した。
 一人は豊後の町人、一人は肥前の僧侶だった。もう一人は浪人で、僧の寺に宿を借りていた。

 雲仙岳には「地獄」といって、温泉の湧き出ている場所があちこちある。
 僧がその一つに少し指を入れてみて、
「そんなに熱くないな」
と言いながら引き出したところ、指が火傷したように熱くなった。
 再び地獄に入れると熱さがおさまって、なんともいい気持ちになった。しかし、もう大丈夫と指を引き出すと、前にも増して熱くてたまらず、また入れるしかなかった。
 そんなことを繰り返すうちに、徐々に深く入れて、腕がみな入った。引き出せば堪えがたく熱い。
 ついには全身が浸かって頭ばかりを出し、えもいわれぬ快感に浸っていた。
 しかしやがて、僧は、
「なんだか下に引っ張られるようだ」
と言い出し、だんだんと恐怖の目をむいた。
 同行の二人には、なすすべがなかった。怖い、怖い! と嘆き悲しむのを正視できず、泣く泣く下山したという。

 寛永年間のことで、その二人から確かに聞いた話である。
あやしい古典文学 No.437