天野信景『塩尻』巻ノ一より

あしか

 海中にはアシカという獣がいる。犬に似ているが、子馬ほどの大きさがある。
 アシカは岩に上がって眠る。いびきが大きく、数百メートル四方に聞こえる。それを聞いてひそかに近寄り、突き殺すのだと、三河の知多郡師崎の人が語った。

 あわびを採る海士(あま)の言うことには、時おり海底に人の形をしたものを見る。それを見たら、半月は海に入らない。
 また、海底で耳を澄ますと、犬の鳴く声がすることもあるそうだ。

 山中や海底には、見も知らぬ異類のものが多い。昔からいうところの水府とか海神などの形は、こうした獣の生態を当てはめたものではないだろうか。
あやしい古典文学 No.444