堀麦水『三州奇談』二ノ巻「少女変鼠」より

ねずみ娘

 金沢立町横小路の脇田某の長屋で、「鼠妖」と呼ばれる怪事があった。
 延享年間だが、何年だったろうか、とにかく十月ごろのことである。この長屋じゅうで鼠が暴れて、衣類・道具から鋼鉄にいたるまで疵つけ、齧りちらした。長持・箪笥などを何重にもして入れておいても、不思議にも喰い破ってしまう。いろいろ対策したが、いっこうに止まなかった。

 長屋に住む奉公人のなかに、石坂町の甚助という者の十二歳になる娘がいた。この娘の衣類・手道具・紙・鬢付け油などは、まったく鼠にやられなかった。いろいろ調べてみるに不審なことが多い。おそらくこの娘の仕業だろうと、朋輩たちが話し合い、主人に訴え出た。
 主人としては、そう言われても急には納得できない話だった。人を疑うより、まず鼠を狩り出そうということで、いろいろ試みた。しかし、鼠捕りにかからず猫にも怖じず、毎夜毎夜の大暴れ。しかたなく、朋輩奉公人の言うとおり、問題の娘を詮議することにした。
 呼び出して問いただしたが、その返答は曖昧で要領を得なかった。そこで試しに娘を石坂町の実家に帰してみると、その夜からふっつりと鼠が出ず、物音もしなくなった。

 あまりにも不思議なので、また娘を呼び返してあれこれと尋ねたところ、娘は、
「ごめんなさい。もう隠し立てしません。じつは、わたしがうとうと眠りかけると、鼠がいっぱい来て胸に上るんです。そこまでは現(うつつ)のようで、あとはまるで夢の中です。箱の蓋を開け、長持を引き出したのも、身に覚えがありますが、みんなに叱られるのが怖くて、隠していました。一晩じゅう駆け回るので、昼間はくたびれ果てて、とても気分が悪かったです。どうか許してください」
と涙を流した。
 主人は、どうしてこんなことが起こるのかと怪しみながら、『なにかの病気なのだよ』と慰めて、また実家に戻したやった。

 その後、娘は久しく患っていたと聞く。しまいにどうなったのかは知らない。
あやしい古典文学 No.445