滝沢馬琴編『兎園小説』第八集「狐嘱の幸」より

狐憑き下女

 加賀の備後守殿の留守居役に、出淵忠左衛門という人がいる。
 文化六年の冬のある夜、夢に一匹の狐が来て、忠左衛門の前にひざまずいてこう言った。
「私は本郷四丁目糀屋の裏にある稲荷の倅ですが、いささか親の心に背く行いがあって、親のもとに帰れません。居場所がなくてたいへん難儀しておりますので、まことに申しにくいことなれど、召し使っておられる下女をお貸し願いたい。少しの間、ぜひお願いしたい。友達の狐が詫び言して取りなしてくれます。それが済めば家に帰りますので、それまでの間、ひとえにお願いいたします。けっして病ませたり苦しめたりいたしません。もちろん奉公も欠かしませんので、どうかお許しください」
 夢のうちにも不憫に思い、
「下女を悩ますのでなければ許そう」
と言うと狐はたいそう喜んだ、と見たところで目が覚めた。

 忠左衛門は、なんとも不思議な夢を見たものだと思いながら起き出して、下女の様子を見たけれども、いつもとなんの変わりもなかった。
 ところが昼ごろから、下女は猛然と働きだした。水を汲み、まきを割り、米をとぎ、飯を炊き、できなかったはずの針仕事までこなす。以来毎日この調子で、一人で五人前の仕事をやってのけた。
 また、晴天のときに『今日は何時から雨が降り出しますので』と、外出する主人に雨具を用意させる。『後ほど、どこそこから客人があります』などと告げる。その言うことに寸分の間違いもない。
 そのほか万事、この下女の言うとおりで、家にとって大いに益あることなので、
「なにとぞいつまでも、狐が立ち退かないようにしたいものだ」
と、最近、忠左衛門がみずから語ったという。

 忠左衛門と懇意な五祐という者の話である。
あやしい古典文学 No.447