根岸鎮衛『耳袋』巻の二「強気の者召仕へ物を申付けし事」より

供をせよ

 巣鴨に、譜代の与力で、猪飼五平という人がいる。その親も五平といって、享保のころまで勤めた人だという。
 いたって豪胆な人物で、据物切りを趣味とし、諸侯そのほかに罪人の斬刑を頼まれると、喜んで引き受けたそうだ。

 その五平が中間を召し抱えようと思っていると、年若く立派な者が来て、気に入ったので、給金も求めるとおりに与えて雇い入れた。
 さて、小身ゆえに召し使いはこの中間一人きりだから、ある時、
「米をついてくれ」
と申しつけると、
「私は、草履取りという約束で召し抱えられました。ですから、お供とあればどのようなこともいたしますが、米をついたことはありませんから、この件はご容赦くださいますように」
と返答した。
 それを聞いて五平は、
「なるほど、もっともだ。約束を違えるのはよくないな。それでは、供をするがよい」
と言うや裸になり、褌に脇差をさして、自分で米をつきはじめた。そして、
「わしが米をつくから、おまえは供をするのだ」
と、中間に草履を持たせ、米をつくあとへ付いて廻るように命じた。
 中間は困り果て、
「いやもう、私がつきましょう」
と、その後は米をつくようになった。
あやしい古典文学 No.448