『新御伽婢子』巻三「雨小坊主」より

雨の小坊主

 京都の八幡町に住まいする新兵衛とかいう人が、風まじりの雨降る夜ふけに、小提灯を手にして、三条坊門万里の小路を西に向けて歩いていた。
 気配を感じて闇をすかすと、六つか七つばかりとおぼしい小坊主が、町屋の門の扉に身を寄せて、雨だれに濡れそぼち、しょんぼりと立っている。
 提灯をかざしてよく見たところ、卑しい者の様子ではなく、何となく気品があって、手足の先まで身ぎれいにしていた。『きっと身分のある人の子だろうに、そんな子がどうして……』と思い、
「どこの、どなたの御子か」
と尋ねたが、何も返答しない。俯いたままで、愁いに沈んでいるはずの顔も見せない。さらにあれこれと問い、
「わたしがこれから送ってあげよう。それとも、今夜はわたしのところに泊めてあげようか」
などと言っても黙ったままで、やがて万里の小路を南へ歩きだした。

 小坊主は、間断なく降る雨の中を笠も着ず、ひたひたと歩いていく。
 『さては、親のもとに行くのだな』と思うにつけても、哀れさ、いとおしさが胸にこみ上げて、新兵衛は傘をさしかけ、後をついて行った。
 そうして四、五百メートルも行っただろうか、道の真ん中に立ち止まった小坊主が、ふと振り返った。
 見れば、顔の大きさは常人の五倍、鼻も耳もない三つ目小僧がにっと笑っている。ぞっと総身の毛がよだち、膝を震わせ目を回して、新兵衛はその場に倒れ伏した。

 気がついてみれば、雨具はその場にあったが、身は泥土にまみれてびしょ濡れだった。
 やっとのことで起き上がって、あたりの様子をうかがううち、空が白々と明けてきた。万里の小路を南へ行ったと思っていたが、実際には三条の西の、西院という葬送場の道端に来ていた。
 『こんなところまで連れてこられたのか。ひどく化かされたものだ』と呆れながら、なんとか駕籠を雇って家に帰り、その晩から病気になって、四十日ばかり床についていた。
 しかし後は別条なく、やがて本復した。
あやしい古典文学 No.452