松浦静山『甲子夜話』巻之廿六より

ウワバミ遭難

 平戸島の対岸の神埼(こうざき)の谷間には、細竹が繁茂したところがある。
 ある武士の下僕たちが、連れ立ってそこに行き、竹を切ろうとしていると、谷底になにか大きな松の木を横たえたようなものが見えた。
 なんだろうと思って、山腹の石を落としてみたところ、その大木が動きだした。驚いてよく見ると、ウワバミだった。
 下僕らは驚愕し、後も見ずに逃げ帰った。その大きさは、胴回りが二尺ほどもあったという。

 また、そのあたりの海で漁をする者が、ある日、舟を漕いでいくと、大きな魚が首を出して泳いでいくのが見えた。
 鱶(ふか)だろうと思って銛を投げると、見事命中したらしく、体をよじり腹を見せて回りながら苦しんだ。なんと、鱶ではなくウワバミだった。
 漁師は大いに恐れ、銛も手綱も投げ捨てて逃げ去った。

 以後、この近辺でウワバミを見ることはなくなったという。
 近くの島に移ってそこの山に入ろうとしていたウワバミが、海を渡る途中で漁師の銛に害されたのだろう、などと人々は話した。
あやしい古典文学 No.454