朝日重章『鸚鵡籠中記』元禄六年四月より

悪酔者たち

 能瀬勘右衛門宅で夕飯をふるまうというので、出かけた。
 政之右衛門、理右衛門、長右衛門、雲平、九郎三郎といった顔ぶれで、皆酔っぱらった。
 ことに九郎三郎と理右衛門とは泥酔して次の間に臥していたが、理右衛門が、
「おまえはもう俸禄をもらう見込みがないのだから、おれのいうことをきけ」
と言ったから、九郎三郎が腹を立てた。
「新八との仲を知らぬ者はないのに、何を言うか。どうでもこうでも許さん」
と喚きだし、次の間から躍り出て刀をつかんだのを見ると、もう目の色が変わっている。面倒なことになってしまった。
 一同で九郎三郎をなだめ、理右衛門は政之右衛門といっしょに帰らせた。

 九郎三郎は泣き上戸だ。今日はことのほかよく泣いて、嗚咽を繰り返し歯をくいしばり、座敷じゅうに唾を吐きまわり、床のそばの畳の上に大量に吐いた。悪臭たちこめ、皆の鼻を裂き、胸を塞いだのである。
 それで玄関に寝させたところ、そこでもまた、のたうちまわって吐いた。花色の袷(あわせ)を着ていたが、吐いた物の上を這いまわるので、汚いことこのうえない。
 ついには帯を解き、丸裸になって陰茎を出し、俯けになったり仰向けになったりし、押し入れの中に潜ろうとして頭を強くぶつけ、ひっくりかえって牛が吠えるみたいに大声を上げ、
「ああ、だめだ。痛いわ痛いわ」
と喚きちらす。
 また猫の喧嘩みたいにうなったかと思うと、きりもなく歌をうたう。
 まったく、人間として過ごしてならないのは酒である。孔子の「計なく乱に及ばず」という言葉を聞かせたいものだ。孟子は「悪酔いは強酒の如し」と言っている。まったく眉をしかめる醜態だ。
 午後五時ごろにようやく寝入り、夜の九時ごろに帰宅した。

 雲平も吐いたが、これはおとなしく熟睡した。
 理右衛門は政之右衛門宅で吐いた。
あやしい古典文学 No.456