神谷養勇軒『新著聞集』第十「蛇変じて人に交り懐胎して初て知る」より

夜ごと戻る夫

 伊予の国、宇和郡藤田村の庄屋 六左衛門が、未納年貢の件で一里半離れた城下に来て、扱いの決まらぬままやむなく逗留を続けていたとき、庄屋の家には毎晩夫が帰ってきて、女房と同衾した。
 はじめは女房も、本当の夫と思っていたらしい。
 後に懐胎して、ひどいつわりに苦しんでいるとき、かたわらに蛇が来て、女を見守った。
 人々が驚いて追い散らすと、病の床の女が言った。
「殺さないで。わけがあるのよ」

 のちに難産の末にようやく産み落としたのは、縄のように連なった蛙の子のようなものだった。そんなものをおよそ一斗ばかり産んで、女は死んだ。
 病中に下女に語ったという。
「夫が夜な夜な戻ってくるとばかり思っていた。夫ではなく蛇だったのに、気づかないなんて。わたしは生きながら畜生道に堕ちてしまった」
 そう言って泣いたという。
あやしい古典文学 No.457