『諸国百物語』巻之五「紀州和歌山、松本屋久兵衛が女房の事」より

母と娘

 紀州和歌山に、松本屋久兵衛という者がいた。裕福に暮らしていたが不慮の病で亡くなったので、残された妻に婿をとり、松本屋の跡目を継がせた。
 婿にとっては継娘にあたる子がいて、年月を経て成人し、なかなかの美人になった。婿はこれに執心して、やがて深い仲になった。
 やがて母親の知るところとなったが、なにぶん外聞が悪いことゆえ誰にも語らず、ひとり深く悩み苦しんだ。

 そうするうち、醜聞はいつとなく世間に知れ渡り、人々の嘲笑の的となった。母親は寝ても醒めてもこのことで胸がふさがり、気病みのはてに死んでしまった。
 邪魔者がいなくなったから、娘は喜んだ。さっそく葬儀をとり行い、明朝早くに野辺送りをしようと、その夜は棺を座敷に置いた。
 夜半ごろ、母親の死骸が棺から立ち上がった。一度あたりを見回してから、娘と男が寝ている寝間に行き、娘の喉を喰いちぎると、また棺に戻った。
 人々は、こうなったのも仕方のないことだと思い、母娘一度に葬送した。

 これは、ちょうどその時行き合わせて現地で事件を見た商人が、京都の町で語った話だという。
 松本屋は滅びて、今はないとのことだ。
あやしい古典文学 No.459